きょうの「ミュージックフェア21」の出演は、森山良子さんと矢野顕子さん。森山直太朗さんのヒット曲「さくら」を、母親の良子さんが歌うということを朝日新聞朝刊「試写室」で知ったので、ハガレンは録画しつつ、こちらを視聴しました。もともと良子さんの歌は、「さとうきび畑」や「この広い野原いっぱい」、「今日の日はさようなら」など大好きですし、「さくら」も好きな歌なので、非常に楽しみでした。
良子さんの「さくら」、思った通り絶品でした。「まっすぐな直太朗の『さくら』と違い、まろみにつやが加わった『さくら』になっている」という、朝日試写室の(西)氏の言に全く同感です。何というか、息子が作ったヒット曲を歌う母親の気持ちっていうのは、どんなもんなんでしょうかね。やはりうれしいんだろうなあ。彼は孝行息子ですよ。他の歌もみんな心地よくて、堪能しました。(西)氏が「ただで見て、本当にいいのだろうか」と書きたくなる気持ちも分かります。こっちも録画しておけば良かった・・・。
そういえば、良子、直太朗親子の共演って、いまだに実現していないんですね。NHKが今年の紅白歌合戦あたりで狙ってるとか、うわさはいろいろあるようですけど・・・。親子同時の取材依頼は受けないというポリシーもあるようですが、一度は一緒に歌う姿を見てみたいものです。
ここまで書いて考えたこと三つ。一つ目、試写室っていうのはやはり影響力が大きいものだなあ、自分も心しなくては。二つ目、自分もいつかは何らかの形で親に恩返しがしたいなあ、と柄にもなく。三つ目、これは蛇足で「孝行息子」から連想したことなんですが、「先立つ不幸をお許し下さい」という表記に違和感を覚えない人は、今すぐ認識を改めた方がいいですよ、ということ。仮に実際に使ったとして、死んだ後にまで恥をさらすのはあまりにも切ないので・・・。儒教的考え方では親より先に子が死ぬことは最大の罪で、親孝行ができなくなる「不孝」を詫びる、という文言なわけですから。
思わず感想を「放送塔」に送ろうかと思ったけど、さすがにそういうわけにもいかないので(笑)、こちらに書いたという次第。あんまり脈絡なくてスマソ。
先日、某特殊翻訳家の方から共通の知人を介して、
http://www.maidear.com/
という存在を教えて頂き、これについてどう思うか意見を聞いてみたい、という連絡がありまして。氏は大変驚かれたそうで・・・。
メイドさん人気は、すでにゲームやアニメの世界にとどまらず、メイドさんカフェが全国各地に広がるなど、一部の世界ではリアルでも当たり前になっているのは
http://maidcafe.chu.jp/
あたりを見ても分かるように重々承知していたつもりだったんですが、こういうものまで登場するご時世になったんですね。私にとってもむろん驚きではあったのですが、存在を知ってみると、何で今までなかったのか?と思えるほど、あってもおかしくないサービスであるような気がしてきました。
どういうことかというと、メイドさんをお店だけでなく、自宅でも楽しみたいという需要は当然出てくるでしょうし、それとホームヘルパー的サービスが結びつくのは、むしろ必然の帰結であるようにさえ思えるんですよ。
氏は、当該のお店が「当店は性風俗店ではございません」と強調しているところに、逆に怖さを感じられたそうなのですが、私としては、それを強調する店側や利用者の心情にシンパシーを抱けたので、そのように指摘されて初めて「ああ、普通の人はそういう感想を抱くんだなあ」と思ったわけで。
常識的に考えれば、こういうお店は、コスプレデリヘルみたいな性的サービスとして存在する方が、万人向け、一般向けでしょうし、高い料金を払って女の子に何も手を出せないんじゃ意味がない、ということになるんでしょう。しかし、現実にはこういうサービスが存在し、メイドさんの格好をした女の子と一緒に過ごすためだけに料金を払う利用者がいるわけです。
利用者の心情としては、「自分は性風俗に手を出してるんじゃないんだ。メイドさんと一緒にいたいだけなんだ」ということなんでしょうし、それは私にも非常によく分かります。もし東京にこういうサービスがあったら、一度は利用してみたいとは思いますし(笑)。
氏は、「これを『性的サービスではない』と言い張るところにオタクのセクシャリティの秘密があるような気がして興味深い」と指摘されてるんですが、確かに鋭い見方です。端的には、現実の女性と直接性交渉を持つことへの恐怖心とか言えるんでしょうけど、もっと言えば、利用者にとってメイドさんの格好をした女の子は、直接の性的対象ではなく、「萌え」の対象だから、ということなんでしょうね。この辺のことは、以前に「おたくとは何か~『萌え』の意味」「『萌え』の意味ふたたび」でも書いたんですが、もっと優れた考察があるような気がするのでご教示求む。
気になるのは、ちゃんとしたホームヘルパーのサービス、あるいはデリヘルなどの性風俗と比べて、料金的なレベルはどうなってるのか、ということ。ちょっと調べてみれば分かるんでしょうけど。
あと、やっぱり性的サービスと誤解されたり、利用客からそういうサービスを強要されたりすることが、経営者にとってはリスクになるんでしょうが、大半の利用者はそんな度胸はない――「純粋にメイドさんを愛している」と言い換えてもいいです――と思われるので、意外とおいしいビジネスなのかもしれません。しかし、それはネットや口コミを通じて特定の層にのみ店の存在が知られている限りは、という留保をつけるべきで、何かの拍子で広く知られるようになってしまったりすると、不心得者が出てくる危惧はありますよね。
ついでにメイドさん話を二つ。
一つ目。以前、藍青か何かについて書いた時、「メード服」という表記に「分かってないなあ」みたいな突っ込みをどこかでもらったのですが、新聞的には外来語表記のスタイルが決まってしまってるので仕方がないんですよね。でも、固有名詞の場合は元の表記が尊重されるので、某人魚が歌うアニメの時は「マーメイドメロディー~」と書けましたが。これも一般名詞としては「マーメード」になってしまうんです。
二つ目。個人的なことを言えば、もともと自分にはメイドさん萌え属性はないつもりで、メイドさんカフェとかにも興味がなかったのですが、最近ある漫画に出合ってその気持ちが揺らぎました。その漫画とは、「これが私の御主人様」第1巻(スクウェア・エニックス)。発売直後に立ち読みして、あまりにも都合の良い設定と展開にスルーしてしまっていたのですが、先日じっくり読む機会がありまして。
要するに、これって直接の性的描写がないだけで、内容、構造的にはエロ漫画ですよね。と言い切れてしまうぐらい、エロエロな妄想を刺激されまくってしまったんですが。そのように割り切ってしまえば、ご都合主義の設定も展開も何も問題ないですし。これが少年漫画誌で連載されていることが信じられないぐらいですよ。それで、メイドさんも悪くないなあ、とか思い始めているという。しかし、ここまで寸止めだらけだと欲求不満が・・・。妄想SSのプロットとか思いついちゃったんで、どこかに書こうかなあ。って、真っ昼間から何を書いてるんだか。
今晩は、長崎にあるオランダを再現した某テーマパークに来ています。一応仕事ですけど。初めて来ましたが、思った以上に広く、しかもしっかりと本格的に作られているのに驚きました。しかし平日とはいえ、行楽シーズンにこの人出では・・・。経営がなかなか難しいのもむべなるかな、という気がします。見どころはたくさんあると思うんですけど、某ネズミの遊園地のように、何度も来たくなるような場所ではないところがネックなのかなあ。と言いつつ、私自身は全然観光はしてませんし、する余裕もない見込み。だって仕事ですから(謎)
>今回の深夜番組たんけん隊はR.O.Dか。
>日記で取り上げたのはこの伏線だったか。
分かりやすすぎる展開ですね。今の「深夜」でと限定すれば、いや、しなくても、出来の良さは群を抜いていると思うので。
>ぽぽたんなんて知らない人のほうが圧倒的多数だろうに。
>でもここで姫ちゃんのリボンとか挙げると更に怪しく思われるんだろうなぁ
「数多い」とか書きつつ、咄嗟には適切な例が思いつかなかったので・・・。
>風間三姉妹あたりが適切な例と思われ
それがあったかー!(笑)
>まだ取り上げてなかったら、今度はカレイドを是非…視聴率が( ´Д⊂ヽだから…
う~ん、「深夜番組」じゃないですからねえ。夕方での放送開始後間もなく、てこ入れの意味も込めて書いたことがあるのですが、数字には大して変わりなかったし・・・。というか、このコーナーで今まで紹介した番組だって、翌週の放送で有意な数字の変化があったようにはあんまり見受けられない――そう解釈できたことも多少はあったような気もしますが――ので、そういう意味では一般的な影響力は皆無に近いのかもしれませんね。とか自分の存在意義を否定することを書くと、ますます鬱になる・・・。いや、そういった視聴率至上主義こそが昨今世間を騒がせている問題の元凶なのであり、我々は今こそその呪縛から解き放たれなくてはならないのであ~る・・・。とかわめいてみる。
>まあ折角こういった記事で紹介した矢先に、明日は(以下略)
>それにしても明日の(以下略)
いや、事前の予告の範囲内で繰り下げなり休止なりしてくれるのなら、それはそれでいいと思うんですよ。その点、511の件はやや、いや、かなり看過すべからざるものがあるようには感じています。
あと、510の前段については、そのように受け止められてはむしろ私が言いたかったこととは逆の趣旨になってしまう、と補足しておきます。
とりあえず皆さん落ち着きましょう。2ちゃんねるの該当スレの伸び方が尋常じゃないので。クールダウンの一助に、ちょっとした雑文を書いてみます。原則として固有名詞は出しませんし、伝聞や推定なども大量に混じっているのに加え、出張帰りで異様に眠いため、内容の信憑性について完全に保証することはできませんので、眉に唾つけてお読み下さい。
現在、深夜で流されるようなアニメを作る人の最大の目的は、ソフトを売って制作資金を回収、さらに利益をあげることであるのは周知の事実だと思います。そのためのプロモーション的位置づけとしてテレビでの先行放送が行われること、そしてBS、CSよりは地上波の方が――たとえU局でも――その効果が比較的高いというのも、ここをご覧になるような方ならよくご存じでしょう。
一方、流す人はこの場合、作る人からお金をもらって一定の時間枠を売っているだけ、という立場であることが多いわけです。究極的には、崩壊作画を流そうが前週のを再び流そうが、お金さえもらえれば構わないとさえ言ってもいいのでしょうが、現実的には流す人の信用問題にかかわるので、そういうことは通常は起こりません。
でも、時には、いくらお金をもらっても流す人の方で物理的に時間が取れない、ということが起きたりします。前の番組が延びて時間が押したりとか、メンテナンスとか。それで、ある流す人は、2クール分の話数しかないものを3クール近くにわたって流したりしましたが、どうもそれはよろしくない、ちゃんとクール内に終わらそう、ということになったようで、2話、3話連続で流して帳尻を合わせたり、というやり方が出てきたようです。
ところが、時間枠自体がぎっちり詰まっていると、連続放送の時間さえ取れず、どうしても全部流すのが不可能だ、ということになったりもします。そうなると困るのは作る人です。あらかじめその見通しがついていれば、2話分を1話にまとめたり、1話分を間引いたりとかの対策をとったりもできますが、それをしてもやはり最後まで流せない、となれば、費用対宣伝効果とかいろんな事情を考慮し、それはそれでやむを得ない、と作る人が断腸の思いで判断することもあり得るでしょう。
作る人にとっては、あくまでも主目的はソフトを売るための宣伝なわけですから。そういう状態になる可能性があったとしても、内容によってははなから受け付けてくれない流す人もいたりするので、どの波かを含めてだれに流してもらうか、というのも、費用と効果、リスクなど様々な要素を勘案して、作る人が決めているのでしょうし。
だから、作品が全話流されるかどうかは、一方的に流す人が決めてるというだけでもなく、作る人と流す人の折衝いかんによる部分もあるんじゃないかなあ、というのが、結論として言いたいことです。今やってるやつは始まったばっかりなんだし、そんなに熱くならなくても、悲観しなくても、まだ大丈夫なんじゃないかなあ、と。自分がいかに楽しみにしていたかを流す人にアピールすることは、前向きな判断材料にはなるはずなのでいいことだと思いますが、あんまり攻撃的になるのはかえってどうなのかなあ、とか感じるわけです。とはいえ、これまでのことを見てきた私としても、流す人の姿勢としてどうなのよ、という思いは当然ながら抱いていますが。
もちろん、全話放送できないのが確定的になりそうだったら、私は私でできることはしてみるつもりです。それとも、実はもう確定してたりして? もしそうだったらのんびりとはしてられないので、ちょっとリサーチしてみよう・・・。
以上、たぶん本当に妄想が混入してたりするので、100%真実だとはくれぐれも考えて頂かないようお願いします。間違い、誤解などありましたら速攻で直しますのでご連絡を。
先週放送された初回を見ました。原作は全く未読なのですが、いいですね。望月智充氏らしい、どこか懐かしく、温かい雰囲気にはまり、ジーンときました。初回に限って言えば、登場人物がすべて有機的に結びついていて、隙のない仕上がりだったように思います。
第2話からは、アスミが中学3年生になるようですが、予告で見た絵の印象と、エンディングで流れる原作の絵の印象が微妙に異なるような気がしました。今回の幼いアスミは非常にかわいかったのですが。個人的には、好きなアーティストであるBEGINが、これまた好きな歌である「見上げてごらん夜の星を」をエンディングで歌っているのもポイント高いです。
それにしても、「プラネテス」「無人惑星サヴァイヴ」「ふたつのスピカ」と、この秋のNHKの新アニメ3本は、全部宇宙がらみのお話だというのが面白いですね。ハードSF+ショムニ(あるいは踊る大捜査線)的コメディー、正統派ジュブナイル漂流もの、ハートウォーミング少女成長もの(でいいんでしょうか?)と、それぞれに方向性がちゃんとばらけているのも興味深いです。
で、とりあえず現時点で秋の新アニメの個人的注目作を挙げれば、「R.O.D―THE TV―」「プラネテス」「鋼の錬金術師」といった辺りがまず筆頭になるかと思います。次いで「ふたつのスピカ」「魁!!クロマティ高校」「無人惑星サヴァイヴ」とか。「R.O.D」以外の深夜枠はまだちゃんとチェックし切れていないので、これから変わる可能性もありますが。あと、「ゴーダンナー」は伏兵っぽいですね。断片的に見ましたが結構燃える。そろそろ、ため込んだ作品の視聴を徐々に消化しつつ、感想も順次書いていきたいと思っています。
夕べの文章、588さんのご指摘通り、改めて読んでみると自分でも結局何を言いたいんだかよく分からない・・・。とりあえず、今週分が飛んだのは来週にやるからいいとして、多くの向きが危惧している全話放送云々の問題は、あさっての方向から受信した電波によると、どうも最悪の場合はクールを越えてのオンエアも検討の俎上にのるとかのらないとかの話もあるみたいな感じらしいので、一応前向きに期待したいところではあります。まあ、まだ先の話なので、本当のところどうなるのかはまだ分からない、というのが一番真実に近いのかも。
ただ、やっぱり前科の積み重ねが今回のような過剰反応につながっているのは確かであろうとは思うわけで。599さんの言う、「商品」か「作品」かという点で言えば、ビジネス的には「商品」として扱われるのは当然かつやむを得ざることではあるのですが、しかしそこに携わる人にこれは「作品」であるという意識が微塵もないとすれば、それは作る人、流す人、見る人すべてにとって大変不幸な事態です。この辺りのことは、以前ちょっと書いたことがあるのですが、あまりにも「作品」としての扱いがないがしろにされるようであれば、我々も直接的、間接的に何らかの対応を考えるべきでしょうね。
あと補足。編成上、9月までの3本まとめて「あにめ缶」という扱いは、10月からはそういうくくりがなくなって、それぞれ別個の番組ということになったようです。この点も、放送枠をフレキシブルに対応できるという意味では、プラスの材料になるような気がします。
ああ、油断するとすぐに間が空いてしまう・・・。
先日、大学時代の同級生で、今は京都で某大学の講師をしている友人から、携帯のアドレスがJフォンからボーダフォンへの衣替えに伴って変わるということで、メールが久しぶりに届きまして。こちらの近況など書いて返信したところ、非常に興味を示してくれまして(笑)、偶然にも16、17日と京都出張の仕事があったので、16日夜、実に数年ぶりに会いました。
もともと彼と仲良くなるきっかけは、入学したてのころ、クラスの各人の自己紹介を書いて冊子を作るという企画があって、自分の似顔絵の欄に何を血迷ったのか、当時心酔していた――今でもですが――かのファンロード誌のカリスマ(笑)投稿者・嵐馬破天荒氏の「モグタン」――詳しくは後述――を書いたところ、「貴様、ローディストだな!(以下略)」とはさすがに言われませんでしたが、唯一反応を示してくれたのが彼だったという。お互い、趣味の方向性が近いのと、韓国への関心を持っていたということもあり、意気投合したのでありました。
しかし、きちんと研究にいそしみ、今や学生さんを教える立場になった彼と、趣味に走った(と見られがちな)仕事ばかりしてのんべんだらりと生きている自分とを比べると、いろいろ思うところしきり。当時から老けた外見で、今ではさらにそれに磨きがかかった自分にとって、いまだ学生時代そのままの若々しさを保つ彼がうらやましくもありました。たまたま二人の邂逅に居合わせた某氏から、「まさか同級生とは思わなかった」と言われてしまったぐらいですから。
それはそうと、その晩はホテルのおしゃれなバーの一角で、場違いなおたく話で盛り上がってしまいました。体調が万全だったら夜を徹してでも語り合いたかったのですが、それはまたの機会ということで、残念かつ申し訳ないながらも、終電前には別れました。学生当時、クラスメイトとあまり積極的に交流を持たなかった自分としては、仕事でフランスに滞在していたり、ウラジオストクに留学していたり、彼のように大学で教えていたりと、各方面で活躍している同級生の消息を聞き、面白くもありました。
ちなみに、彼のサイトはこちら。アカデミックさとおたくっぽさが絶妙にブレンドされた、非常にバランスの取れたサイトで読みごたえがあります。須藤真澄氏の項には私もちらっと登場していたりして。日記帳には当日の模様も書かれていますが、一番印象に残ったのが飯島直子さんの話だというのはどうかと(笑)。
あと、嵐馬破天荒氏についてはこちらを参照。ここも彼に教えてもらったのですが。ちなみに、トップページの背景になっているのが「モグタン」だったりします。
それにしても、泊まったホテルは京都の北郊にあるすばらしい環境の立地でした。パンフレットに、オフシーズンには格安でスイートルームに泊まれるプランが載っていて、「また来てみたい」とか思ったのですが、一緒に行ってくれる人のいない寂しさよ・・・。なので、
>彼女いるの?
>居ないなら、漏れが嫁にいきたい…。
とか書かれると、思わず「来て来て~」とか思ってしまったり。いや、強がりと思われてしまうでしょうけど、知り合う機会はそれなりにあるのですが、関係をちゃんと育てていこうとする方向に時間がなかなか割けないというか。まあ、そういう方面のお誘いなら大歓迎ですのでメール下さい(笑)。
相変わらずアニメ視聴は進んでいなくて、「ふたつのスピカ」も第1話を見たきりなんですが、勧めてもらったこともあって、入手できた原作の2巻までを読みました。心が震えましたよ。
特に、第1巻所収の「2015年の打ち上げ花火」。柳沼行氏のデビュー作であり、本編連載開始前のシリーズ第1作という位置づけになるんだと思いますが、アニメ第1話はこれを基にしていたんですね。正直に言えば、この完成度の高さは、漫画でしか成り立たないものだと思いました。アニメも余韻があって良い仕上がりだと感じたのですが、この原作の叙情性の豊かさ、完璧なまでの構成の緻密さは、他の媒体では表現し得ないでしょう。もちろん、それは柳沼氏の力量の高さによるところが大きいのでしょうが。
ちょっと大げさかもしれませんが、私にとって柳沼氏の「2015年の――」というわずか30ページの短編は、かの正宗白鳥が深沢七郎の「楢山節考」を、「この作者はこの一作だけで足れりとしていいとさえ思っている」と評したことを想起したほど、胸に迫る作品でした。もちろん、連載の「ふたつのスピカ」も、仲間たちとの関係、アスミの父親とのいわくありげな過去を持つ教師の存在など、とても興味をひかれる面白いお話で、続きが早く読みたいのですが、「2015年の――」は別格のように感じます。電車の中で読んでいて、人目もはばからず落涙して慌ててハンカチを取り出したほどでした。
「ライオンさん」という、とてつもないファンタジックな存在をただ一つ導入しただけで、アスミ、お父さん、鈴成先生、すべての人の心情をこれほどまでにリアルに描くとは。決して洗練されたとは言えない、それでいながら温かみのある絵柄も大きな魅力です。この魅力は、やっぱりなかなかアニメで表現するのは難しいでしょうね。
これから、アニメの続き、漫画の続きを鑑賞するにつれて、印象は変わっていくと思いますが、「2015年の――」への印象は変わらないと思います。コミックフラッパーは、創刊当初のころは結構読んでいたはずなんですが、この作品には気付かなかったなあ。不覚。
きょうは「ワルシャワの秋」という、年末に放送されるドラマの制作発表をのぞいてきました。日本の大正時代、帝政ロシアの支配下にあったポーランドからシベリアに送られた難民の子供たち700人余りを、日本赤十字社が受け入れ、救い出したという史実に基づいたドラマということです。
第二次世界大戦中の杉原千畝氏の美談はよく知られていますが、こちらの事実は恥ずかしながら全然知りませんでした。会場で流された史実のスライドやドラマのダイジェスト版を見て、思わず目頭を熱くしてしまいました。どうしても陳腐な表現になってしまうのですが、これに携わった当時の日本人の精神性の高さというか、矜持というかに感じ入ったのです。杉原氏の話だって、広く知られるようになったのはつい最近のことですし、この話も、もっと多くの人に知られてもいいのではないか、と思いつつ、ドラマの仕上がりが楽しみになりました。
このサイトでも別の場所でも、「目頭を熱くした」とか「涙腺が緩んだ」とか、泣いたことを表現する言葉を文章中で使うことがありますが、私の場合、単なる表現上の技巧として使用しているわけではなく、本当にそういう状態になった時のみに使うことを、自分に課しています。そうすることが、やはりものを書く者として最低限のモラルではないか、と自分なりには思うのです。
「泣く」という行為は、実は人間にとって最大の快楽の一つではないかと思います。感動の涙の心地よさは言うに及ばず、悲しい時の涙や、痛みを感じた時の涙さえ、つらさを和らげるために出る、麻薬のようなものではないでしょうか。「泣く」こととはすなわち、優れて利己的な営みなのではないか、と感じるのです。
だから、お世話になったあの人が自ら死を選んだことを聞いた時、私は涙を流しませんでした。泣いてしまえば、あの人を失ったことを嘆いているのではなく、あの人を失った自分を悲しんでいるだけになってしまう、そんなおそれを抱いたものですから。でも、あの人の霊前に立った時、私は涙をこらえる自信がありません。それでもあの人は、あのちょっとはにかんだような笑顔を見せて、私を許してくれるような気がします。それは、私のあの人に対する、最後の甘えなのかもしれません。
・・・今回はいつもとトーンが違ってすみません。次からは元に戻しますので。
>新番組「ふたりはプリキュア」
>2004年2月スタート
きのう、東映アニメーションからも正式なリリースが出ましたね。
http://www.toei-anim.co.jp/corporate/press/press55.html
まあ、「明日のナージャ」が一年で終わり、というのは、かなり早い段階から何となく漏れ伝わってきてはいたのですが、やっぱり残念だなあ。確かに、
>ナージャすら見てないのか
おっしゃるとおり、最近視聴が滞っている人間にこんなこと言う資格はないかもしれませんが。
稲上晃氏がキャラデザを手掛けるのって、これが初めてなんでしょうかね。彼の絵はもともと「どれみ」「ナージャ」のメンバーの中ではかなり好みな方なので、この二人もなかなかハートに来るものが。しかし、ロゴのセンスのアレさ加減は、ややナージャ譲りのような気がしないでも。
それにしても、突き詰めるところ、800さんがおっしゃるようにみんなセラムンがやりたいってことなのかなあ。来春には「あれ」もアニメ化されるとかされないとか聞きますし。
あと、例の「萌える英単語 もえたん」ですが、発売延期が続いていい加減忘れていたら、いつの間にか発売になっていて、既にどこにも売っていないという。
>The girl who was brought up in an orphanage showed a wonderful dance performance.
>訳:孤児院出身の少女が、素晴らしいダンスを披露した。
この例文にひかれて、是非とも入手したいのですが、きょう回った秋葉原、神保町のめぼしい所は軒並み全滅。誰か売ってるお店を教えて下さいor余ってる方は譲って下さい(本気)。
ちなみに、秋葉原では例によって石丸電気で「明日のナージャ」2、3巻、「LAST EXILE」5巻(結局買い続けてる)、「R.O.D―THE TV―」2巻のDVDを購入、及び「パタリロ」DVD―BOXを予約。そういえば、私が石丸電気にこだわっているのは、前に書いた、嵐馬破天荒氏へのオマージュです(うそ)。
ところで、ついに「Winny」で逮捕者が出たようですね。
http://www.accsjp.or.jp/news/031127.html
これに関してはいろいろ言いたいことがありまして、以前にいた部署ではファイル交換ソフトについて何度か記事も書いたのですが、さすがに身元が半ば明らかになってしまっているこの場では、本音は書きづらいので・・・。
とりあえずこの辺で。最近は、アニメを見るよりも漫画を読むことの方が多くて、そっちでいろいろ書きたいことがあったり、2ちゃんへの反応もしたかったりするので、そろそろ更新頻度を高めようかと画策中。期待しないでお待ち下さい。
追記。
>福タン、稲上氏はおジャ魔女どれみの前番組「夢のクレヨン王国」で
>キャラクターデザインをされていましたよ。
こういう所で底の浅さを露呈してしまいますね。あのころは、スタッフにこだわった視聴スタンスは取ってなかったからなあ・・・。シルバー王女も稲上氏によるものだったんですね。ということは、オリジナルものでのキャラデは初、ということでよいんでしょうか。ところで、いろいろ検索していて分かったのですが、「クレヨン王国」のDVDは未発売なんですね。BOXが出たら買うんだけどなあ・・・。