2003年11月19日

「ふたつのスピカ」原作第1、2巻を読んで

相変わらずアニメ視聴は進んでいなくて、「ふたつのスピカ」も第1話を見たきりなんですが、勧めてもらったこともあって、入手できた原作の2巻までを読みました。心が震えましたよ。

特に、第1巻所収の「2015年の打ち上げ花火」。柳沼行氏のデビュー作であり、本編連載開始前のシリーズ第1作という位置づけになるんだと思いますが、アニメ第1話はこれを基にしていたんですね。正直に言えば、この完成度の高さは、漫画でしか成り立たないものだと思いました。アニメも余韻があって良い仕上がりだと感じたのですが、この原作の叙情性の豊かさ、完璧なまでの構成の緻密さは、他の媒体では表現し得ないでしょう。もちろん、それは柳沼氏の力量の高さによるところが大きいのでしょうが。

ちょっと大げさかもしれませんが、私にとって柳沼氏の「2015年の――」というわずか30ページの短編は、かの正宗白鳥が深沢七郎の「楢山節考」を、「この作者はこの一作だけで足れりとしていいとさえ思っている」と評したことを想起したほど、胸に迫る作品でした。もちろん、連載の「ふたつのスピカ」も、仲間たちとの関係、アスミの父親とのいわくありげな過去を持つ教師の存在など、とても興味をひかれる面白いお話で、続きが早く読みたいのですが、「2015年の――」は別格のように感じます。電車の中で読んでいて、人目もはばからず落涙して慌ててハンカチを取り出したほどでした。

「ライオンさん」という、とてつもないファンタジックな存在をただ一つ導入しただけで、アスミ、お父さん、鈴成先生、すべての人の心情をこれほどまでにリアルに描くとは。決して洗練されたとは言えない、それでいながら温かみのある絵柄も大きな魅力です。この魅力は、やっぱりなかなかアニメで表現するのは難しいでしょうね。

これから、アニメの続き、漫画の続きを鑑賞するにつれて、印象は変わっていくと思いますが、「2015年の――」への印象は変わらないと思います。コミックフラッパーは、創刊当初のころは結構読んでいたはずなんですが、この作品には気付かなかったなあ。不覚。

Posted by fuku at 03:06 | manga | トラックバック (0)
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