前回を書いてからふと思ったのですが、「萌え」という言葉が広まる前からおたくは存在したじゃないか、という反論があるかと思います。当然、おたくというあり方にしろ「萌え」という感情にしろ、その言葉が“発見”される以前から存在したもので、しっくりくる言葉の出現によってそれが急速に定着したのだろうと思います。ですので、「萌え」以前のおたくは、そういう言葉は存在しなかったけれど「萌え」ということを理解していた、そう捉えて頂ければと思います。
同様の理由で、「萌え」の語源について探ることはあまり意味がないような気がしますので、ここでは触れず、その意味についてのみ考えたいと思います。
「萌え 意味」や「萌え 定義」でグーグル検索してみると、「萌え」について様々な説明が試みられていて参考になります。例えば、以下のようなものです。
「ある人物やものに対して,深い思い込みを抱くようす。その対象は実在するものだけでなく,アニメーションのキャラクターなど空想上のものにもおよぶ。」(三省堂「デイリー新語辞典」)
「結局我々の求める最高の理想であり、たとえそれがリアルな現実ではなくても、そのキャラクター(人物)に最大の好意を示す時に使用する言葉。」
「架空のキャラクターや特定の事象、物品を甚く気に入り、心を奪われること。架空のキャラクターや特定の事象、物品に深い思い入れを抱くこと。」
「「萌え」とは、自分が神性を感じた存在への信仰のことである。」
私自身、某文章で「アニメなどの特定のキャラクターや設定に対し、愛情を抱いて心が奪われる状態を指す」「一部分の設定や特定のキャラクターに熱烈に入れ込む」とか書いたことがあるのですが、どうしても表層的な説明のような気がして今ひとつしっくりこないんですよね。そこで、私が自身の内省も含めて、現在のところたどり着いた「萌え」の意味と考える内容を、以下に記述します。
「欲望の対象となる存在に対し、常にともにありたいと希求する心の状態。」
さらに詳しく述べてみます。修飾語が過多で読みにくいのですが。
「意識的にせよ無意識的にせよ、主として性衝動を根源とする欲望の対象となる、高度に記号化・抽象化された存在に対し、それが不可能であると知りながら、むしろ不可能だからこそ、常にともにありたいと希求する心の状態。」
これだけでは分かりにくいので、もう少し説明します。
「(対象と)常にともにありたい」というのが、最も核となる「萌え」の意味のような気がします。これが同一化にまで行き着くと、(男性による)女装コスプレや着ぐるみコスプレになるでしょうし、そこまで行かなくても、いろいろな妄想を繰り広げたり、そういう二次著作物を創作したり、単に「萌え~」という言葉の発露ですら、対象と常にともにありたいという心の表れとして捉えられるのではないかと思います。そして、その対象と実際に結ばれることは絶対にあり得ないというのが、恋愛との決定的な違いではないでしょうか。
それは、対象が「高度に記号化・抽象化された存在」であることに由来します。例えば、アイドルは生身の人間ですが、ひとたび「加護ちゃん萌え~」と言葉を発した時点で、その「萌え」の対象は生身の加護亜依さんではなく、自身の中に虚構された「加護ちゃん」になるのだと思います。これはアニメやゲームの場合も同様で、もともと架空の存在であるキャラクターですら、本来の作品中の文脈から切り離された、自身の中の虚構として再構築されて、「萌え」の対象となる。こう見ていくと、「萌え」とは、実は変質した自己愛なのではないか、という気もしてきます。
「主として性衝動を根源とする欲望」というのには異論もあるでしょうし、うまく言語化できないのですが、第二次性徴前の子供が「萌え~」というのを想像できないことを考えても、やっぱり「萌え」の背景には性欲があると言えるような気がします。この辺は前回にも挙げた斎藤環氏の「戦闘美少女の精神分析」に詳しいのですが、そこで述べられている「虚構それ自体に性的対象を見い出すことができる人」(30ページほか)というおたくの説明にも、上述の「萌え」の意味は合致するのではないかと思います。また、ここで述べたことは、前掲書に触発された部分が大きいことを記しておきます。
何だか思いこみの独りよがりで書いているような気もなきにしもあらずですが、まあ、何かの参考になれば幸いです。あとは、おたくという言葉が喚起するイメージの多様さや、おたくの世代による共通言語の違いについても述べていきたいのですが、次回がいつになるかは未定です・・・。
Posted by fuku at 22:44 | otaku | トラックバック (5)『戦闘美少女の精神分析』は一応読みました。ラカンもかじりました。
全く萌え考察への手がかりはつかめませんでした(当たり前です)。
おたくに関する私見
おたくの活動に関しては、現在「少しならずはまった趣味」のレベルであれば
どんな分野でも「おたく」扱いされます。それくらいに、意味は薄まったと考えるべきでしょう。
さらに、おたく、オタク、ヲタク、ヲタといった用語の使い分けにより、
「どのレベルの話をしているか」が指定されているように思います。
先の用語だと、順番が後になるにつれて「業」が深くなる、というか。
「もはや抜け出したいとすら思わないし、抜け出せるとも思わない」
レベルに近づいた度合いを示しているように思います。
萌えの定義
精神分析において「欲望」を定義することは不可能です。欲望があるのは仕方なく、説明不可能であり、
それを生み出す・表出するメカニズムを記述するのが狙いなのですから。
二次元において、萌えは「欲望」の位置にあります。「萌え」を作り出しうる人間の精神、
「萌え」を作り出しうる(次元とメディアに関わらない)表現方法、それらに
「萌え」分析の焦点は当てられてきました。
「萌え」自体についての分析は、いまだになされていません。
また、その方法論も定かではありません。
個人的な体験
バイトで塾の講師をしていたとき、第二次性徴前のガキが「萌え」という言葉を使っていました。
本人はギャグのつもりで言っていたのでしょうが、一応意味は分かったのでしょう。
とりあえず「萌える」という言葉と、「それがいいと思う」という曖昧な意味を
結びつけておいて、そのあとに性欲的な意味が加わる可能性もあります。
単に年代的な理由で「萌え」という言葉が二次元エロメディアに慣れ親しんだ層に広まり、
少なからず「えろい」というニュアンスを含んだ段階で「萌え」の原義が出来たのではないかと。
ちなみに1997年の段階で、大阪の草の根ネット上には「萌える」という言葉が
散見されていました。ログを紛失したため、思い出話ですが。
当時はエロゲキャラに限定された表現でした。
それがエロパロ等を通じて「一般キャラ」にも拡大されていったのではないかと思われます。
再び、萌えについて
萌えるとは、狭義において「そのキャラに対し他のキャラとは異なる際立った魅力を感じる」
ことである、と思います。むろん、きちんとした定義になっていません。
で、背景をば少々。
萌えるキャラが存在するメディアには、必ず「同列のキャラ」が存在します。
ヒロインが複数人いたり、メンバーが複数人いたり、その中から「○○たん」を
選び出し、「気に入ったキャラ」として確定し、情報をかき集めることが「萌え」ではないかと。
「作品中で比較的気に入ったキャラ」だったはずのキャラが、
「その言動を中心として作品を読み込む手がかり」になり、
「その作品といえばこのキャラ」というくらいにまで浸透します。
エロゲーの「一穴主義」や、アニメ・漫画の「キャラ別エピソード」が
そのきっかけとなるのではないか、そう思っています。
むろん、これは叩き台です。他の方々からの突込みをいただきたいと思っております。
定義には、何かを大きなものの中に位置づける一般化の働きと、その大きな中での独自性を見いだす働きの二つがあると思います。
対象がフィクション/記号であることに自覚的な恋愛が、オタクの基本だ、ということは、オタクの一般化として賛成したいところです。
そのへんは、昔から、人形愛やらネクロフィリアやらの系譜として、ずっとあったわけです。人形愛、ネクロフィリアは、たいてい少女愛と近いところにあったわけですし、大きな意味でのオタク的な流れの定義と言えると思います。
翻って、今の日本における一般的なオタク層の特殊性、独自性を定義するには、それに加えたプラスアルファが必要でしょう。
それが何かというと、はっきりとした考えがあるわけじゃないんですが、昔と一番違うのは、圧倒的な量と、それを前提とした消費の姿勢なので、そこじゃないかなと。
コメントありがとうございます。レスは、おたくとは何か~「萌え」の意味ふたたび
http://www.fukudiary.com/mt/archives/000183.html
でまとめてしておりますので、そちらをご覧下さい。
萌えるってもともと新芽が「萌えい出る」って意味ですよね。
なんか、古典文学的な。
現代社会で見事に甦った事に少し不思議と驚きを感じる今日このごろです。
「Realで萌えるな!」と、クラスのゲーヲタに指摘を受けましたが、これを読んで全てスッキリかたずいたような気がします。
「自分の中に構築された虚構」ここがポイントですね。
彼は現実のキャラクターの中に虚構を構築できないけれど、ぼくは構築できる、と。
その違いなんですね。
それって、想像力とかが豊かって意味ですかね?
あと、特殊な萌であるかも知れない「名前萌え」について。
例えば自分が「理紗」という名前に萌えていたとする。
すると、その名前を聞いたと同時にその人の人格から仕草まで全て勝手に想像し、構築してしまう、と。
これは実際に人付き合いをする上で大変危険なことです。ね。「御嬢様系、頭の切れがいい、上品、手首を少し曲げて手を振る」などと、勝手に構築した「理紗」と、実際の「リサ」があまりにも掛け離れていると、パニックに陥ってしまう、と。
まあこのへんは誰にでも言えるんじゃないですかね?
名前のイメージって大きいですし……
何だかよく解からないことを書いてしまったBreakでした。
Posted by: Break at 2004年01月25日 22:05Breakさま
私自身、この文章を書いた時とは考え方がやや変わってきている面もあるのですが、ご参考になったのならなによりです。想像力が「無駄に」豊かなのが、おたくの利点であり欠点であるのかもしれませんね。
「名前萌え」ですか・・・。それってやっぱり、その名前を持ったある特定のキャラクターに由来するイメージ、ってことなんでしょうか。
Posted by: fuku at 2004年01月26日 21:01おたくの人は普通の恋愛をするのは無理なんでしょうか。とてもつらいです。
Posted by: みるく at 2004年05月30日 22:04いや、全然無理じゃないと思いますよ。ただ、好きな相手がおたく的性向を理解してくれないと、いろいろと難しいでしょうね……。
私がこんなサイトをやってるのも、理解してくれる相手を見つけるためですから(ちょっと本気)。
Posted by: fuku at 2004年05月30日 23:33彼は少年時代両親から虐待をうけて育ったと聞きました。ある日私が彼の部屋をかたずけてたら、幼児虐待のビデオが出てきたので見てみぬふりをつずけたのですが、それはどううけとめればいいですか。
Posted by: みるく at 2004年06月01日 19:58それだけの説明ではどういう状況か分かりませんし、そもそも私は、申し訳ありませんがそのような質問に答えるだけの資質も度量も持ち合わせておりません。
仮にお答えするにしても、この場は適切ではないと考えますので、これ以上のコメントはご遠慮頂き、さらに何かあればメールを頂ければと思います。よろしくお願い致します。
Posted by: fuku at 2004年06月04日 00:46萌えの意味を巣鴨のおじいちゃん、おばあちゃんに聞いてほしいい!
Posted by: 元祖池袋系 at 2005年05月04日 23:51はじめまして。日記大変興味深く拝見させて頂きました。私は女性オタクですが、以前から「萌え」の奥にどんな心理が働いているのか気になっていました。こちらのサイトの日記を数々拝見させて頂いてなるほど、と思い大分すっきりしました。私自身は腐女子なので、プリキュアとかには興味ないんですが、同じような気持ちをジャ○プ作品等の少年やオッサンなんかに抱きます。
「萌え」の奥に性欲が隠されているというのも否定出来ないと思います。ただ多くの腐女子は二次元キャラである少年に「抱かれたい」のではなく、「抱きたい」のだと思うのです。この点男性オタクと一緒だと思います。(勿論一概に全員がそうとは言い切れないですが)
腐女子界には「攻め」と「受け」の男がいますが、萌えが「受け」に多く発動される(むしろ受けだけに使われている気もする)事を考えて多分そうでないかと・・・。
つまらない事を書きましたが、何が一番言いたいかと言うと、男性オタクも女性オタクも元の精神は全く同じという事です。
私が男だったらプリキュアに「萌え」て、普段エロゲーとか?してる男性オタクが女になったらジ○ンプ読んで萌え萌えするのだと思います。ただ性の差は大きいので全く同じ萌え方はないと思いますが・・・・。男性のが性衝動が大きいですよね。多分。
元は同じなのに、男性オタクと女性オタクって疎遠ですよね。こういうコラムも男性はよく書かれてますけど、女性で書いてる人は見た事がありません。
同じなのにどうしてこうも差があるように見えるのでしょう。
私は男性オタクの心理がとても気になります。
なのでこれからも日記楽しみにしています。
長文失礼しました。
萌えの根源に性衝動があるならば、私は二次元キャラに萌えないですねぇ・・・それは斎藤先生自身もそうであると著書に書かれていましたが、でも、あれだけの研究業績が残せるそのエネルギーには性衝動の昇華があるのではなどと邪推すると、やはり萌えている?なんて考えてしまったり・・・考えすぎですかね。
最近語義の一般化というか、意味の広がりが進んでいるようで、ある知り合いが「私の萌えな一枚」と言ってグレゴリオ聖歌のCDを差し出されたのですが、これは明らかに性衝動とは関係ないように思います。もうわかりませんw
Posted by: versailles at 2005年05月08日 01:36いろいろコメントありがとうございます。この文章もだいぶ前に書いたので、当時とは私も考え方が変わってきている面もありまして。いまだに検索でこちらにいらっしゃる方も結構あるようですが、この文章の内容を鵜呑みにはして頂かないよう、お願い致します。
になさま
男女で本質的な部分にそれほど差がないというのは同感です。それなのに現れ方や振る舞いが異なってくるのは、単純に性差に還元できるのか、それ以外の要因もあるのか……。難しいところです。
versaillesさま
私の考えでは、「萌え」は発祥時点では性衝動と不可分だったと思うのですが、現在では、性衝動を伴わない「萌え」も普通に存在すると思います。他の単語でも見られるように、使われるうちに意味や用法が広がったりずれて行ったりした結果ではないかと。