2ちゃんねるのスレがSF話で盛り上がってるようですが・・・。
>福たんの見解を聞きたいところだな。
ということなので、いささか思うところを。
よく言われることですが、1960年前後生まれをおたくの第1世代、70年前後生まれを第2世代、80年前後生まれを第3世代とします。それぞれの世代の共通言語、つまりお互いのコミュニケーションの上で最低限踏まえておくべき知識のホームグラウンドとなる分野は、非常に大ざっぱに言うと、第1世代がSF、第2世代がアニメ、第3世代がゲーム(ギャルゲー)だと思うんです。
私は71年生まれなので第2世代ということになりますが、自分の記憶では、中学、高校生のころ、近所の本屋に早川書房の青い背表紙の文庫本は結構並んでいたのですが、有名どころを少し読んだぐらいで・・・。興味はあった(今もある)んですけど、やっぱりアニメや漫画の方が魅力的だったのかなあ。
前に書いたように、私がおたく的世界に足を踏み入れるきっかけになったのは高橋留美子氏の「炎トリッパー」なんですが、あれもタイムパラドックスというSF的要素が使われているわけで。自分の感覚としては、
>SFは拡散浸透した。
>しかし、だからといって過去の名作が色あせるわけではないがね。
という見方に共感を覚えます。ただ、
>もうジャンルとしての使命は終えている。
とは思いませんが。
あと、
>オレだけかもしんないけど、ヲタクって何事にも貪欲な人種だと思っていた
という点については、
>今は情報量が増えてきて、受身でも山ほど知識が入ってくるんじゃないの?
という見方に同意です。さらに付け加えるなら、SFやアニメは、読んだり見たりという受動的なメディアなので、能動的にメディアにかかわっていこうとする欲求が、情報や知識を集めるという行動に結びつくのだと思うのですが、最近のおたくのメインストリームと目されるゲームは、自分がゲームをプレイするという意味で、擬似的にではあるものの能動的に楽しむことができるので、メディアに能動的にかかわりたいという欲求がそれだけである程度満たされるのではないかという気がします。
この辺りのことは、ササキバラ・ゴウ氏が自身のサイトで書いている「おたく元年・1978年論ノート」が非常に参考になります。と書いていたら、すでにスレで引用されていましたね。素早い・・・。
さて、これからゆるゆるとアニメの感想を書いていこうか・・・(あくまで予定)。
Posted by fuku at 02:04 | otaku | トラックバック (0)はじめまして。
おたくの世代の話となると、どうしても違和感を感じてしまう63年生まれのおたくです。
>1960年前後生まれをおたくの第1世代、70年前後生まれを第2世代、80年前後生まれを第3世代
という切り分けだと、50年代前後生まれの人たちは「おたく」と分類されないの? という疑問が湧いてしまうのです。
さらに言えば、SFファンという(今となっては)より狭い区分けの世界だと、私のような60年前後生まれの人間は最低でも第3世代以降なわけで、どうしても自分たちが最初の世代だとは思えないわけでして。
(参考:http://www.ltokyo.com/ohmori/seinen.html)
私のような者にとっては、70年代後半にマニアを「おたく」と呼ぶという現象が生じ、「おたく」というものが独立した集団として認知され始めたものの、基本的には戦後のSFファンダムの形成に始まる一連のファン活動の流れの中で、すべてのファン活動は地続きに連続して存在しているものでしかないのです。
そして、情報収集への貪欲さや、新しいメディアへの興味などという点では、今の若い「おたく」な人たちよりも、上の世代のファンやマニアの人たちに、より近しさを感じてしまうのです。
(福)さんの話の本筋とはずれてしまっているかもしれませんが、このへんの歴史認識の差も、おたくと一口にいっても世代間で共通言語が大きくずれてしまっていることを示していると、私などは感じているのですが、どう思われますか?
どうもはじめまして。
ご指摘のように、ファンやマニアというものは、SFでも漫画でも、あるいは学問の世界でも、昔から現在に至るまで存在していると思います。
ただ、かつてのSFや漫画のファンが、究極的には作品の創作を指向したのに対して、「おたく」というのは、ごく一部のクリエイターを除けば、対象を消費していく存在と規定されるものだと思うんです。
以下は上にも書いたササキバラ氏の「1978年論ノート」内の「70年代のパースペクティブ・4」
http://member.nifty.ne.jp/gos/1978/1978_15.htm
のほぼ受け売りですが、70年代後半のアニメファンは、クリエイターへの道が開けていなかったからこそ、セル画や設定資料を集め、作品では描かれない背景を考察したり、パロディー漫画を描いたりという、創作以外の活動、今で言う「おたく」的消費行動に情熱を傾けていった。私もこの指摘にはうなずけます。そういう意味で、この世代を「おたく」の第1世代と呼べるのではないかと思います。
>情報収集への貪欲さや、新しいメディアへの興味などという点
について、上の世代の方がよりその欲求が大きいというのはご指摘の通りだと思います。今はアニメにしろゲームにしろ、余りにも作品や情報があふれすぎていて、むしろ何から切り捨てていこうかという発想が先に立ってしまうような部分もあるような気がします。恵まれていると言えば恵まれているのでしょうが、逆に、そういうスキルを持っていなくても「おたく」たり得る時代になったということなんでしょう。
しかし、「ステルヴィア」の送り手中の送り手と言うべき方にチェックして頂いているとは・・・。ひょっとして下らない邪推なども読んで頂いているのかと思うと、冷や汗噴き出しまくりです・・・。
Posted by: fuku at 2003年07月06日 17:50>かつてのSFや漫画のファンが、究極的には作品の創作を指向した
>70年代後半のアニメファンは、クリエイターへの道が開けていなかった
ううむ、このへんの「ファン活動そのもの」についての意識の差が一番大きいのかも知れないですね。
私の心の中では、プロとしての活動とファンとしての活動は、今でも並列して存在しています。そうじゃなきゃ、一昨年のSF大会のスタッフやったりしてないです。
冗談でも何でもなく、FIAWOL:Fandom Is A Way Of Life.(ファンダムは一つの生き方)がSFファンの合い言葉なのです。
SFファンダム内部では、「プロかアマか」に価値があるんじゃなくて「ファン活動として何をしたか」を重視するんで、結果としてプロになった人でも、ファン活動は続けられるし、プロを選択しなくてもいわゆるBNFとして長老となっていく人もいるわけです。
実際、私の尊敬するファンダムの先輩たちにも、今もフルタイムライターにならず、ファン活動を続けている人が大勢います。
また、私のように海外SF研究系のファンにとっては、ファン活動の延長線上には創作というのはありえないわけです。
昔も今もSFファンにとってのファン活動とは、活動自体が目的であって、プロを目指すということとは独立して存在しているのです。
(その典型がファングループ連合会議であり、日本SF大会であり、SFセミナーなどのイベントでしょう。)
また、70年代以降のアニメファンにはクリエイターになる道がなかったというのも、今アニメ業界にいる私と同世代の人たちのことを考えると疑問符がついてしまいます。
逆に言うと、私の世代まではSFファンとおたくというものがかなりの部分で重なり合っていて、SFファン的なファン活動の考え方(プロとアマはイーブン。ファン活動は創作、翻訳、評論、イベント開催などを含む等々)も共有されていたのが、おたく人口が増加していくうちに、両者のあいだに乖離ができて、そこに意識の差が生まれているのかもしれない、と(福)さんのコメントを読んで思いました。
ちなみに、私にとっての「おたく」というのは、かつて岡田斗司夫さんが唱えていたものに近いです。
つまり「ハイ・カルチャーとかサブ・カルチャーとかいった区分をなくし、さまざまなジャンルやメディアを横断的に俯瞰して、おもしろいものを見つけだす」貪欲なマニアのことだと考えています。
そういう意味で、私の世代が「おたく」の第一世代と位置づけられるとすれば、それは私たちの世代が幼少期から特撮やアニメを見て育った最初の世代であり、最初からそれらのジャンルを他のジャンルと並列に語り始めた世代だからなのではないかとも考えています。
Posted by: 堺三保 at 2003年07月06日 19:22悪口になってしまいそうなので、あまり言いたくはないのですが、そういう意味では、ササキバラさんの文章は、かなりSFファンに対する偏見によって形作られているような気がします。
作家が一番偉いと思ってるSFファンなんて、年寄りになればなるほど少ないという気がするので、実はここにも世代的な感覚の差があるのかもしれないとは思うのですが。
なるほど。SFファンの世界や意識についてはほとんど無知ですので、堺さんのおっしゃることは大変参考になります。ファンとしての活動がプロになることと結びついていない、というのもよく分かりました。
一方で、SFファンにとってSF作家は顔の見える存在であったのに対し、アニメファンの場合、
>70年代以降のアニメファンにはクリエイターになる道がなかった
というよりは、作り手の顔が見えなかった、制作者になる道が分かりにくかったというのも大きかったんじゃないかという気がします。それで、急速に盛り上がった意識や関心のはけ口が「おたく」的消費行動に求められたのではないかと。
「おたく」の定義ですが、岡田氏のいう「ハイ・カルチャーとかサブ・カルチャーとかいった区分をなくし」という部分は、現在では既にごく当たり前になっていてほとんど意味がなくなっているような気がします。
>私の世代が「おたく」の第一世代と位置づけられるとすれば、
>それは私たちの世代が幼少期から特撮やアニメを見て育った
>最初の世代であり、最初からそれらのジャンルを他のジャンルと
>並列に語り始めた世代だからなのではないかとも考えています。
これについては全く同感で、それが今ではわざわざことわりを入れるほどですらなくなっているということだと思います。
「さまざまなジャンルやメディアを横断的に俯瞰して、おもしろいものを見つけだす」貪欲なマニアというのも、アクティブで意識的な一部の「おたく」には当てはまると思いますが、現在、「おたく」と呼ばれる存在の多くは――特に若年層では――そうではなく、自分の好きな分野に耽溺するという、消極的、受容的な立場にとどまっているのではないかという感じがします。まさに、
>おたく人口が増加していくうちに、両者のあいだに乖離が
>できて、そこに意識の差が生まれているのかもしれない
とおっしゃる通りだと思うのですが、この辺も実感としてとらえているわけではないので、「第3世代」の人の意見も聞いてみたいところではあります。
Posted by: fuku at 2003年07月06日 20:47>「第3世代」の人の意見も聞いてみたいところではあります。
そうですね。
結局、私が個人的に知っている20代の人たちというと、どうしてもSFファンになってしまうので、そうじゃないおたくの人が何をどう考えているのかは、今ひとつつかめないのでした。
あと、消費するという件に関しては、80年代以降消費する対象物の種類が増えたという、純粋に市場の側の問題も関係しているのではないでしょうか。
私が中学生の頃までは、本かオモチャしかなくて、高校でようやくガンプラができ、アニメのサントラが売られ、OVAが生まれたのなんて大学に入ってからですから。
もう一つ、やはり当時(78年~82年頃?)をリアルタイムで知るものとしては、アニメに関して、
>作り手の顔が見えなかった
>制作者になる道が分かりにくかった
という考え方は少しひっかかります。
まず、どうやってプロになればいいのかが若者にはよくわからないのは、ジャンルを問わず昔も今も同じなんじゃないでしょうか?
今だって、専門学校出たからって、ポンとアニメの製作現場に入れるとは限らないだろうし。
それと、当時『ガンダム』人気が燃え上がったとき、私たちおたくは『OUT』『アニメック』『アニメージュ』といった雑誌の記事で、なによりも監督、演出、脚本、メカデ、キャラデといったスタッフに注目していたし、そこにスポットを当てた記事も多かったように思います。
アニメ誌からそういう記事が減ったのは、80年代後半なんじゃないかと思うのです。このへんは氷川竜介さんに一度話をうかがって確認をとった方がいいかも知れませんが、私の記憶ではそんな感じです。
2ちゃんの書き込みにもありましたが、やはり各自がそれぞれの「おたく自分史」を書いた上で、相互に参照しあうことが必要なのかもしれません。
私よりも上の世代の人たちの意見も聞きたいですね。
>当時『ガンダム』人気が燃え上がったとき、私たちおたくは
>『OUT』『アニメック』『アニメージュ』といった雑誌の記事で、
>なによりも監督、演出、脚本、メカデ、キャラデといったスタッフに注目していた
これはまさに、「ヤマト」人気の盛り上がりによるアニメジャーナリズムの勃興によって享受されたものだと思います。「ヤマト」当時は全くそれらがなく、スタッフについて知りたいというファンの欲求が、氷川さんや池田憲章さんらの活動によってようやく満たされるようになったという流れのような気が私はします。同時代的体験を持っているわけではないので何とも言えませんが。
あと、
>消費するという件に関しては、80年代以降消費する対象物の
>種類が増えたという、純粋に市場の側の問題も関係しているの
>ではないでしょうか。
という点については同感です。今はもう、トレカやら抱き枕やら、ありとあらゆる消費物が存在しますし。おたく人口が増え、企業がおたく向け商品は商売になると目を付ける、それをおたくが手当たり次第に買う、さらに商品は増えるという(悪)循環が確実に存在するように思います。
以前にも
http://www.fukudiary.com/mt/archives/000020.html
で書いたのですが、賢明なおたくとしては、消費すべき対象を厳しく選別し、絞っていくことが肝要だと思っています。現在のアニメバブルは、ここ1、2年のうちには必ず終息するでしょう。その時に、軟着陸できるか、弾けてしまうか。消費者の行動も、微々たるものではありましょうが、影響を与えることができるのではと思います。要は、下らないアニメには金を使うな、と。
まあ、いったん何かに萌えてしまえばそうは言ってられないのが、悲しい性と言えば性なんですけれど。
話が横道にそれてしまいましたが、やっぱり
>2ちゃんの書き込みにもありましたが、やはり各自がそれぞれの
>「おたく自分史」を書いた上で、相互に参照しあうことが必要な
>のかもしれません。
ということに尽きるでしょう。その集積が、何らかの方向性を形作ってくれるような気がします。
普段はなかなかこういうことをちゃんと考える機会がないので、堺さんの書き込みは非常にいい刺激になりました。たまには頭を使わないといけませんね。
Posted by: fuku at 2003年07月07日 00:54こちらこそ、いろいろと考えがまとまりました。
ありがとうございました。