ナージャ分補給完了~。ついでにミイラ博士分も補給~。今回はナージャもかわいく描かれていたのですが、それ以上にミイラ博士=クリスチャンの作画に気合いが入っていたように思えたんですが。随所でほっぺを赤くするクリスチャンとか、いいじゃありませんか。スタッフも彼のことを不憫に思って力を入れてあげたんでしょうかね。
というのも、ナージャとクリスチャンは「ローマの休日」よろしく――先ごろグレゴリー・ペックが亡くなったのは偶然でしょうけど――ローマ見物をするわけですよ。それはそれは楽しそうに。クリスチャンなんか、「(古代ローマの人たちが)君も見えた?僕にも見えたよ!」「ナージャは普通の女の子とは違う。すごく特別なんだ!」なんて言っちゃって、もう相思相愛なのは当然、あわよくば将来は結婚を、なんて夢見ているような勢いなんですが。
しかしクリスチャン君、君の愛するナージャの心の中には、既にフランシスという思い人が厳然と存在するのだよ! それなのに、ナージャったら、そんなことはおくびにも出さずにクリスチャンとあんなに仲良く・・・。いいのか、それで。
おたくな男の子が自分の趣味を構わずまくし立て、女の子は優しくそれを聞く。外形的には「成恵の世界」の成恵と和人の関係と相似なのですが、女の子の内面は全然違うわけで。ナージャのこの八方美人ぶり、クリスチャンへの気持ちへの配慮のなさぶりはある意味恐ろしくすらあります。
大体、最後に訪れたトレビの泉のシーンでは、クリスチャンが「またいつか、ナージャと一緒に来られますように」と願っているのに、ナージャは「きっといつか、お母さんと一緒にここに来られますように」なんて考えているわけですから(泣) いくら最後のナレーションが、クリスチャンの再登場をにおわせていても、これではあまりにも彼がかわいそう・・・。
唐突に登場する花売り娘のロベルタが、拾ったナージャのブローチを持ってきたパオロには目もくれず、かっこいいマッシモには目をウルウルさせて迫りまくるという、自分の気持ちに正直すぎる女の子として戯画的に描かれているのは、その辺りを自覚したスタッフによるエクスキューズなのかと、思わず勘ぐりたくなるぐらいです。
何より一番恐ろしいのは、視聴者である女の子は、何の矛盾も疑問も抱かずに今回のナージャに感情移入しているんだろうなあ、と想像できる点で。ふつふつと黒い感情が自分の中にわいてくるのを感じます。
というふうに、子供向けアニメであっても「大きなお友達」的視点の楽しみ方は全然可だと思っています。ただ、それはあくまでも本来的な楽しみ方ではない――ナージャの場合、そう言い切れないような気がしてきましたが――ことは自覚しておくべきだろうなあとは思います。
次回はナージャとお母さんの話のようで、とりあえず赤ちゃんナージャの声がどうなるのかに興味津々です。
Posted by fuku at 03:33 | nadja | トラックバック (0)